ホット・ショコラ
スカ・エアラインのチャーター機を頼んでヴィラに到着したのは、午前5時。
自分でも間抜けだと思う。
どうしても抜けられない会議が入っていて、とんぼ返りになるのはわかっていたけれど、ホーエンハイムの顔を見られると思ったら飛んでこないではいられなかった。
昨夜のゼネラル会長主催の夕食会で出た、パティシエの手作りショコラがとてもおいしかったので甘い物のすきなホーエンハイムのために急遽無理をいってお持ち帰りを作らせたのは良かったが・・
年寄りのくせに宵っ張りの会長のおかげで、無理をいってチャーター機をとばすはめになった。
不思議なことに今日は屋敷中、いや、ヴィラ中にチョコの甘い香りがただよっている。
広いベッドで頭まで毛布を引き上げ丸くなっているホーを想像しながら扉を開くと、ホーのセルも、チョコの香りが満ちていた。
途端にテーブルのうえ開いてある赤い箱が目に飛び込んできた。赤いサテンのリボンが、ゆらりとたれている。
むっとした。
こんなオヤジ犬きっと誰からも相手にされないだろうと高をくくっていたし、そんな可哀想なホーのために夜中に飛行機を飛ばしてきたのに。
手にもったチョコの箱を床にたたきつけてやろうかと思った。
人のことも知らず、ホーエンハイムときたらベッドで高いびきだ。
自分がなさけない。犬に振り回されている主人だと知れたらきっとパトリキ中の物笑いのたねだ。
ばかばかしいのでドムスで熱い珈琲でも取って帰ろうとドアノブ握ったとき。
ごそごそと、頭をだしいぶかしげにこちらをみるホー。
枕元のメガネをかけ、私だとわかるとあわてて、ガウンをきてベッドから転がり降りる。
「旦那様、どうして・・」
喜びというより驚きに目がまるくなっている。
私の視線が、テーブルの上の行った途端、ホーエンハイムがあわてている。
「チョコをもらうような仲良しがもう、できたんだ・・」
「いえ・・これは・・」
テーブルに近づいてみてみると、いびつで艶のないチョコが箱の中にならんでいる。
チョコというより、動物の糞のようにみえる。
大人げないので、さすがに口にはしないが、決しておいしそうとはいえない。
しかし、つつみを開かれたチョコをみながら自分の持ってきたチョコをおめおめと差し出せるはずがない。主人としてのプライドが許さない。
「楽しいヴァレンタインだったようだね。私は会議があるので、失礼するよ」
途端にホーエンハイムの顔が蒼白になり肩がこわばっている。
立ち去ろうとする私のコートの裾をあわてて引っ張るホー。
「旦那様、あの・・」
ホーエンハイムは、なんとか引き留めようと声を振るわせる。
「朝早くからおこしてわるかったね」
私は、戸惑い揺れているホーの視線にイライラしていた。
「これは、私がつくったんです・・」
小さな声で、告白するホーエンハイム。えっ。自分で作った?
よかった、動物の糞のようだといわなくって・・
立ちすくむホーをベッドにすわらせて話を聞いた。
ヴィラの好意で昨日は手作りチョコの講習会がありホーエンハイムも参加したということだった。トリュフチョコに、チョコケーキ、ハート形のチョコといろいろ教えてもらったが不器用な自分には、これが精一杯だと言った。
「私へのチョコ?」
他の誰かからもらったものではなく、どうして箱がひらいているのだろう。まさか、できの悪さにいったんは箱に詰めた物の捨てようと思ったのか。
「形は悪くてもそれでもきっと喜んでもらえるよとフミウス様たちにも言われて・・」
じゃ、なんで開いてるんだ??問いただしたい衝動にかられる私の前でため息をつくホー。
「すみません。あまりにまずそうで。こんなもの口にするのいやですよね・・はじめて作ったもので、こんなもの食べたくないですよね。もし・・もしいらっしゃたら、ホットショコラにして差し上げようと思って準備してたんです」
たしかに、チョコの箱の横には、ブランディーに牛乳、シナモンスティック、そしてショコラ・ショーとかかれたレシピ?
「アクトーレスに作り方をこっそり聞いたんです、そうしたらフランスのお母さんをたたき起こして作り方をきいてくださって・・」
ホーを抱きしめた。
「形はちょっとグロテスクだけど、味はどう?」
すると、またもや青ざめるホー。
「まさか、味見してないんじゃないだろうな?」
激昂するわたしに挙動不審になるホー。
「そんな恐ろしげなものを私に喰わせるつもりだったのか?」
どうみても、糞にしかみえない黒い固まりをおそるおそる手に取った。ねちゃっとする感触からも、なんだか嫌な予感がする。人が食べても大丈夫なのか??まさか、死んだりしないだろうな。。
「味見してみろ!」
そういうとホーエンハイムの口にねじ込んだ。
涙目になっているホー。しばらくもごもご口を動かしてから
「・・おい・・ひい・・です」
ごみょごみょ言っているホーの薄い唇を私の口でふさいでやる。
細い腰を掴んで引き寄せる。大きく見開かれたまなこにホーのまぶたがゆっくり降りていく。
ホーの口のなか、ホーの舌とチョコを追って荒々しくむさぼると、ぶるっとホーがふるえる。大きな背中を抱きしめ、角度を変えながら何度も舌を抜き差しし、頬の内側から歯茎の裏側までチョコとホーの舌をを味わった。私の背中に廻したホーの腕も強く私を求めている。
「甘いな。。」
私が苦情をいった。これでつくったホットショコラは、殺人的な甘さになったに違いない。
「初めて作ったのか?」
茶色い唾液の糸を引く唇を舌でなめながら尋ねる。
「ええ・・初めて作りました」
前の主人にも作ったことがないんだなという無粋なセリフはひっこめた。
前の持ち主について決して私の前でいうなと言い含められているらしく、主人の素性について何も語らないホーエンハイム。
でも、朝ひっそりと窓のそばにイスをおきヴィラの空をうっとりながめているホーに、何を思い出してそんな幸せそうな顔をするのだと問いつめそうになる自分が嫌いだった。
犬に悋気するなんて。前の主人はひどく独占欲がつよい方だったらしい。死んでも尚、ホーエンハイムの心を手放そうとしない。
しかし今日はじめて彼に一歩リードしたような気がした。
はじめて私のためにホーエンハイムがチョコをつくってくれたのだ。
彼さえ食べたことのないホーのチョコ。
あー食べるのがもったいない。でも、保存処理をして眺めているだけでは寂しいし。
ホーエンハイム、なんていけない子なんだ。
私をこんなに悩ませて。。
今日中にどうしても帰らなければいけないのに、秘書にしかられる。。。重役達にもお小言を言われるのは覚悟しておかないと、あー飛行機のチケットをとりなおさないといけないなと思いながら、私はスーツを脱ぎはじめた。
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